チャーリー・パーカーが語るジャズ論【1953年インタビュー全文翻訳】

1953年、ボストン滞在中のチャーリー・パーカーが、地元ラジオに生出演した際の音声を日本語に翻訳しました。

バルトークへの敬愛からビバップの誕生、ジャズの未来まで——率直に語られた17分です。

(インタビュー収録:1953年、ボストン WHDH-AM ホスト:ジョン・マクレラン)

※本記事は、歴史的な音声資料をもとに翻訳・編集したものです。

目次

ハイハット・クラブ

ジョン: ボストンへようこそ。そして私たちの番組へようこそ。

チャーリー: ありがとう。出演できて光栄だよ。

ジョン: 今夜はいつもとは少し変わったことをやってみようと思います。どんな質問をするかも、どんな音楽をかけるかも、事前にお知らせしていません。もっとも昨夜、あなたが出演されているハイハット・クラブで少しお話しできましたが——ハイハットは日曜日まで出演されているんですよね? 午後のセッションもあるとか。

チャーリー: そうだよ、午後4時から8時のセッションがある。

ジョン: リスナーの皆さんには、ぜひ今夜か、明日、コロンバスとマサチューセッツ・アベニューにあるハイハット・クラブへ足を運んでいただきたいですね。昨夜のお話の中で、ご本人が聴いているアーティストを教えてもらいました。中にはちょっと意外なものもあって、リスナーの皆さんを驚かせるかもしれません。さっそく一曲かけてみましょうか。準備はいいですか?

チャーリー:もちろん。

敬愛するバルトーク

ジョン: この曲、聴いたことはありましたか?

チャーリー: ああ、タイトルは忘れたけど、バルトークの作品だね。大好きな作曲家だよ。

ジョン: 昨夜のお話でまっさきに出てきた名前でしたね。今かけたのは私のお気に入りの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の一部分です。この部分を選んだのは、バルトークが打ち出す激しいリズムの発想がとても面白いから。バルトークについて、ぜひ聞かせてください。

チャーリー: そうだね。彼は、ハンガリー生まれで、1945年にニューヨークのジェネラル・ホスピタルでアメリカ亡命中に亡くなった。ちょうどその頃、僕はモダン・クラシック——現代音楽全般に目覚めかけていたんだ。残念なことに、実際に会うことはできなかったけどね。あれだけの音楽家は後にも先にもそうそういないよ。

ビバップは自然発生した

ジョン: 1945年より前に、あなたたちはそれまでの音楽のあり方を変えて、リズム、メロディ、ハーモニーをかなり大胆に刷新していきましたよね。あなたが担ったその変化は、どのくらいが自分たち自身の発想によるもので、どのくらいがバルトークのような先人たちのアイデアを応用したものだったのでしょうか?

チャーリー: 100パーセント、自分たちの内から生まれたものだよ。今日「プログレッシブ・ミュージック」と呼ばれているこの音楽の語法は、昔の先人たちから取り入れたり、影響を受けたりはしていないんだ。

ジョン: そうですか。ただ不思議なことに、まるで系譜のような連なりが見えるんです。たとえばドビュッシーの後の世代に、ビックス・バイダーベックがいます。本業はトランペット奏者ですが、彼のピアノ曲はドビュッシーの様式を色濃く受け継いでいた。印象派的で、豊かな和音、コードが波紋のように広がる感じ。「イン・ア・ミスト」や「クラウズ」というタイトルもドビュッシーを思わせます。

さらにその後にはエロール・ガーナーのようなピアニストも現れる。こうした連なりが、本当に偶然の一致なのか、それとも意図せず受け継いだものなのか、気になってしまいます。

チャーリー: バイダーベックはあまりよく知らないんだけど、「ビバップ」という呼称で知られるプログレッシブ・ミュージックについては、ブラームス、ベートーヴェン、ショパン、ラヴェル、ドビュッシー、ショスタコーヴィッチ、ストラヴィンスキー、そういった先人たちの音楽から影響を受けた部分は一切ないよ。

ジョン: では、あなた以外に、既存の音楽に満足せず新しい実験を始めた重要な人物は誰だと思いますか?

チャーリー: ちょっと訂正させてほしいんだけど——「満足していない」というのは正確じゃないんだ。ただ新しい発想が生まれてきて、音楽はこういう方向に進むべきだと思っただけなんだよ。それが起きたのは1938年頃。ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、ケニー・クラーク、チャーリー・クリスチャン——彼は’37年頃かな。バド・パウエル、ドン・バイアス、ベン・ウェブスターといったところだね。

ジョン: なるほど。まるで音楽史の教科書で読むような人たちですね。

ジャズのスタイル

ジョン: ミュージシャンや音楽のスタイルを分類するのは難しいとは思いますが、今日耳にするジャズをいくつかのカテゴリに分けてみました。それぞれの音楽と将来性についてどう思うかを聞かせてください。

まず、いちばん古いストレートなディキシーランドについて。今でも耳にしますし、多くのクラブで演奏されています。演奏している人たちは、聴衆の需要に応えているだけなのでしょうか、それとも本当にやりたくてやっているのでしょうか?

チャーリー: やりたくてやっているんだと思うよ。それが彼らの表現したいもので、音楽はこうあるべきだという思いがあるから演奏しているはずだ。

ジョン: そうですか。でも「ハイ・ソサエティ」と「聖者の行進」を、ほぼ同じソロでいつまでも演奏し続けるのでしょうか……。

チャーリー: それがいつまで続くかなんて、誰にもわからないよ。大体同じアイデアの繰り返しにはなるけど、それがあの音楽の「骨格」というものさ。かつて名手が即興で生み出したソロが記憶されて、それが世代を超えて受け継がれてきた。自由な即興というより、先人のソロを大切に守っているんだ。

ジョン: そうですね。チャーリー自身はディキシーランドに興味はありませんか?

チャーリー: いや好きだよ、いいディキシーランドはね。ただ自分では演奏しない。うまくできないだろうし、それに音楽は別の方向に進むべきだと思っているから。

ジョン: では、ビバップは演奏しないけれど、ディキシーランドのクリシェにも飽き飽きしているミュージシャンたち、たとえばヴィック・ディキンソン、ドク・チーザム、レックス・スチュワートのような素晴らしいミュージシャンたち。彼らの音楽をどう呼べばいいのか……。

チャーリー: 僕にも何と呼んでいいかわからないね。ディキシーランドは1914年か15年頃に始まって、スウィングの時代が1928年頃から1935、36年まで続いた。分類するとすれば、スウィングということになるね。

ジョン: 今でも多くのスウィング・ミュージシャンが現役ですが、ナット・ヘントフがダウンビートで指摘していたように、仕事を見つけるのがかなり厳しくなっているようです。聴衆がディキシーランドとクール・ジャズに二極化していて、その中間のスウィング・ミュージシャンには居場所がないと言われていますが。

チャーリー: いや、ミュージシャンに居場所がないなんてことはないよ。「中間」なんてものは存在しない。良い音楽か、そうでないかの二択さ。スウィングであれ、ビバップであれ、ディキシーランドであれ、良い音楽なら必ず聴いてもらえる。

ジョン: では、ビバップのお決まりのフレーズをそのまま使い、ノリだけを求める観客に媚びているようなミュージシャンはどうでしょう。一時的なブームでしょうか、それとも長続きするでしょうか?

チャーリー: 自分ではそういうことをやらないから、何とも言えないね。どちらかというと、その人が本当にそれをやりたいかどうかの問題だと思う。本当にやりたいのなら続けるだろうし、商業的に乗っかっているだけなら、すぐに別の何かに移っていくんじゃないかな。

ジャズの新境地

ジョン: 私が「クラシカル・ジャズ」と分類したものがあります。しっかりとした音楽教育を受け、習得したものを音楽に生かしている人たちです。中でもデイヴ・ブルーベックとジェリー・マリガン。マリガンはピアノなしで、対位法的な音楽を追求していますよね。彼らの音楽についてはどう思いますか?

チャーリー: 彼らは僕の親しい友人でもあるんだけど、たとえ友人でなかったとしても、とても興味深いと思うよ。知的なだけでなく、感情も込められている。欠けているものが何もない、100パーセント本物の音楽だよ。

ジョン: 彼らのグループと一緒に演奏する可能性はありますか?

チャーリー: うん。ぜひやってみたいね。

ジョン: また別の分類で「アヴァンギャルド」があります。その代表格はレニー・トリスターノと言えるでしょう。彼らが時折試みるのは、テーマもコーラスもコード進行も一切なしで、6人なり何人なりが完全な即興を行うというものです。これがどうやって成立しうるのか、いつも不思議に思っているのですが……。

チャーリー: いや、あれは即興演奏なんだけど、よく聴けばメロディが何らかのコード構造に沿って流れているのがわかるよ。レニーたちのスタイルでは、メロディを前面に押し出すのではなく、聴く人が感じ取るものとして提示しているんだ。

ジョン: 彼らが「Intuition」というレコードを作っていて、コンサートでも聴いたことがあります。キーも基本的なコード進行も何もないところから始めるんです。

チャーリー: それは演奏しながら徐々にキーやコード構造を構築していって、その過程でメロディを作り上げているんだと思う。

ジョン: なるほど。

スタン・ケントンの革新性

ジョン: これまでのスタイルには入らないミュージシャンとして、デューク・エリントン、ラルフ・バーンズ(ウディ・ハーマン楽団の編曲家)、そしてあなたも関心を示されていたスタン・ケントンがいますね。先に進む前に、スタン・ケントンのレコードについてご意見を聞かせてください。ちょっと聴いてみましょう。

チャーリー: すごくクールだね。ホーンワークも素晴らしい。実は今まで聴いたことがなかったんだ。タイトルは何て言うの?

ジョン: 「マイ・レディ」です。

チャーリー: 美しい曲だね。本当によくできている。

ジョン: では、スタン・ケントンについてお話しいただけますか。

チャーリー: そうだね、スタンの音楽にはとても興味があるよ。いろんな意味で、プログレッシブ・スタイルに大きな貢献をしてきたと思う。ちょっと前に話していた「ハウス・オブ・ストリングス」はかけたことある?

ジョン: まだかけたことはありませんが、「シティ・オブ・グラス」は以前かけましたね。その時にナット・ヘントフとルドルフ・エリー(ヘラルド・トラベラー紙の音楽評論家)を招いて、面白い議論をしました。

ジョン: その話題に関連して、現在発売中のダウンビート誌に掲載されたレナード・バーンスタインの記事をご紹介したいのですが、ご意見を聞かせていただけますか。

「誇示とは自分に注目を集めることだ。つまり”見てくれ、俺はモダンだ”と言っているようなもので、これほど時代遅れな態度はないと思う。ケントンについて言えば、旧式のモダン家具みたいなもので、見るに堪えない。現代的な作曲——”作曲”という言葉が重要だが——それは始まりから終わりまで一つの作品としてまとまったものを作ることだ」

*原文リンク↓6ページ目に記載

ジョン: 特に「ハウス・オブ・ストリングス」や「シティ・オブ・グラス」のような、ソリストの即興の余地がほとんどない完全に譜面化された作品のことを指しているのだと思います。

チャーリー: ちょっと待って、それを書いたのは誰だい?

ジョン: レナード・バーンスタインです。

チャーリー: レナード・バーンスタインか。「見てくれ、俺はモダンだ」という姿勢——そういうのは宣伝屋の台詞みたいなものだよね。でもスタン自身はそんなことを一度も言ったことがないし、これからも言わないだろう。彼はプログレッシブ音楽の開拓のために、本当にいろんなことをやり続けている。斬新な楽器編成の導入、新しいコード構造の探求——間違いなく音楽の発展に貢献してきた人だよ。

ジョン: 即興の余地がまったくない、完全に譜面化された長い作品——それでもジャズと言えると思いますか?

チャーリー: 書かれたものでも、ジャズになりうると思うよ。

経験が音楽になる

ジョン: では、ご自身のバンドについて聞かせてください。「アンソロポロジー」や「52nd・ストリート・テーマ」は昔から演奏されている曲ですが、それらに代わる、これからの音楽の核となるものは何でしょうか?

チャーリー: それは難しい質問だよ。人間は歳をとるにつれてアイデアが変わるからね。多くの人が気づいていないのは、ミュージシャンのアドリブでも、オリジナル曲でも、全部その人の「経験」から生まれているということ。天気の美しさ、山の景色、新鮮な空気の感触——そういうことが全部音楽になるんだ。明日何を感じているかは誰にもわからないけれど、音楽は止まらない、必ず前へ進み続けると確信しているよ。

ジョン: 自分自身も常に変化し続けていると感じますか?

チャーリー: そう感じているよ。昔の自分のレコードを聴くと、もの足りなく感じる。

ジョン: 最高の演奏はまだこれから、ということですね?

チャーリー: そうだね。

ジョン: 新しいレコーディングがあると聞きましたが?

チャーリー: うん、先日——2週間前の月曜日だったかな——クラリネット、フルート、オーボエ、ファゴット、フレンチ・ホルン、それにリズム隊の3人で録音したんだ。うまく聴こえるといいんだけど。

ジョン: ぜひ聴かせていただきたいですね。番組の最後に、あなたがまだ聴いたことがないかもしれない一曲をかけたいと思います。あなたへのオマージュとも言える曲です。時間の関係で全部はかけられませんが、スタン・ゲッツの「パーカー51」をお楽しみください。

*パーカー51のギターはジミー・レイニーです。