コラム

West Coast Bluesのコード進行を分析:ウェス・モンゴメリーが仕掛けたモダンブルースの秘密

ウェス・モンゴメリーの代表曲『West Coast Blues』。なぜこの曲は、長年にわたり多くのジャズファンやギタリストを魅了し続けるのでしょうか?

その理由は、ブルースという伝統形式に、モダンジャズの洗練されたハーモニーと独創性を融合させた、ウェスの革新的なアプローチにあります。

ここでは、『West Coast Blues』のコード進行を徹底分析。ウェスがいかにして「自由」と「知性」を両立させたのか、その秘密に迫ります。

「West Coast Blues」の基本とブルースの常識

この曲が初めて公式にレコーディングされたのは、1960年のアルバム The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery でした。

楽曲詳細:

  • 作曲者: Wes Montgomery
  • キー: Bb
  • 拍子: 6/4拍子(ワルツ)
  • フォーム: 12小節ブルース

一般的な12小節ブルース進行

まずは比較の基準となるブルース進行を見てみましょう。キーは『West Coast Blues』と同じBbにしています。多くのブルースセッションや楽曲で耳にする、最も基本的な形です。

一般的な12小節のブルース進行楽譜

ブルース進行は、トニック(I7)、サブドミナント(IV7)、ドミナント(V7)という3種類のコードで構成されています。このシンプルな構造が、ブルース特有のフィールと自由度の高いアドリブを提供してきました。

しかし、ウェスは、このブルースに色彩豊かで大胆なハーモニーを取り入れます。『West Coast Blues』では、随所に驚くべきコードや展開が施されているのです。

3つの名演に聴く「West Coast Blues」コード進行の比較

楽曲が持つ多面的な魅力と、ウェス・モンゴメリーの革新性を、より深く、より立体的に浮かび上がらせるため、3つの名演を徹底解剖しその真髄に迫ります。

原点にして頂点:The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery (1960) バージョン

The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomeryのwest coast bluesコード進行楽譜

6/4拍子のワルツに乗って展開されるテーマ。一聴しただけでも「普通のブルースとは違うぞ?」と感じさせますが、その秘密はコード進行に隠されています。特に注目すべきは、2小節目と4小節目のハーモニーです。

● Ab7 (bVII7) の登場と「バックドアケーデンス」の妙

通常、2小節目はEb7が一般的です。しかしウェスは、ここで意表を突くAb7 (bVII7) を使っています。

このコードは、バックドア・ケーデンス(Backdoor Progression)からきています。バックドア・ケーデンスは、IVm7 – bVII7 – Imaj7というコード進行で、bVII7がトニック(Imaj7)へ解決します。

『West Coast Blues』の場合、Ebm7 Ab7がバックドア・ケーデンスですが、Ebm7を省略し、Ab7のみにしているのです。つまり、Ab7は単に意外性のあるコードとしてではなく、Bb7への解決感を出すドミナント的な役割を担っているのです。

この動きにより、ブルースの力強さを損なうことなく、とてもスムーズで洗練されたハーモニーの流れを生んでいます。

● Bm7/Bb → E7/B → E7 という前衛的なサウンド

4小節目の Bm7/Bb。これは、ベースがトニックのBbを弾いているのに対して、ピアノがその上で Bm7のハーモニーを重ねることで生じる、緊張感のある響きです。

ベースラインは「Bb→B – E」と動き、ハーモニーは「Bm7→E7」と変化します。

ベーシストとピアニストが異なるコードを想定し、それらが重なり合うことで、前衛的なサウンドが生まれています。


ソロ進行の妙:ジャズ語法とブルースの融合

The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomeryのwest coast bluesコード進行ソロセクション楽譜

● 4小節目の変化:アドリブの自由度への配慮

まず注目したいのが、テーマで複雑だった4小節目のコード進行が、ソロセクションではシンプルな Bm7 E7 へと変化している点。ベーシストもピアニストも、ストレートなii-vになっています。

これは、より自由な発想でアドリブするための、意図的なシンプル化と捉えられます。

● 6小節目の色彩感:Ebm7 Ab7 がもたらす洗練

テーマではEb7だった6小節目が、ソロでは Ebm7 Ab7 に置き換えられています。これはキーのトニックであるBbのバックドア・ケーデンス(IVm7-bVII7)です。

● 7-8小節目の連続するii-v:モダンジャズへの接近

続く7小節目から8小節目にかけては、Dm7 G7、そして半音下にスライドして Dbm7 Gb7 という、連続するii-v進行が現れます。ii-vの連続は、当時のモダンジャズで探求されていましたが、ブルースに組み込むのは大胆な試みです。

この進行があることで、ブルースの枠組みから浮遊し、よりジャズらしい響きになります。

● 11-12小節目の独創的なターンアラウンド

コーラスの最後を締めくくる11-12小節目では、Bb7 Db7 | GbMa7 F7 という、ターンアラウンドが用いられています。この進行は、聴き手に強い印象と次への期待感を抱かせます。一般的なブルースのターンアラウンドとは一線を画す、ウェスならではのセンスが光る部分です。

オシャレすぎるエンディングとC/Bbの浮遊感

west coast bluesエンディング楽譜
  • 1小節目:| BbMa7 Abm7 Eb7 |
    トニックであるBbMaj7から、GbMa7へのii-vであるAbm7 Eb7へと展開。
  • 2小節目:| GbMa7 A/B |
    GbMaj7からA/Bへ。このA/BはB9sus4と同じ響きで、トニック(Bb)へ解決するF7の裏コード(B7)として機能しています。
  • 5小節目:| C/Bb |
    楽曲の最後を飾るのが、C/Bb 。 このコードはリディアンの響きを持ちます。完全な終止感をあえて避け、独特の浮遊感とどこまでも広がっていくような開放感を演出し、聴き手に鮮烈な余韻を残して曲を締めくくっています。

サイドマンとしての輝き:Harold Land West Coast Blues! (1960) バージョン

Harold Land West Coast Blues! (1960) バージョンテーマ楽譜

The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomeryと同じ1960年に録音されたサックス奏者ハロルド・ランドのアルバム West Coast Blues!。ウェスがサイドマンとして参加しているこのバージョンも基本的な骨格は変わりません。

初出盤との違いは4小節目のコード進行です。よりストレートなジャズの響き Bm7/E E7 に変化しています。

不動のソロセクション:初出盤と完全に一致するコード進行

Harold Land West Coast Blues! (1960) バージョンのソロセクションコード進行楽譜

ソロセクションのコード進行は初出盤と完全に一致しています。おそらくウェスーにとってお気に入りのコード進行だったのかも。このハーモニーの上でこそ、彼のメロディアスなアドリブフレーズが最も輝きを放つ、という確信があったのかもしれません。

シンプルながらも粋なエンディング:Bb7(#11)

Harold Land West Coast Blues! (1960) バージョンのエンディングコード進行楽譜

ハロルド・ランド盤のエンディングはとてもシンプル。テーマを2回繰り返した後、12小節目がBb7(#11)になるだけです。

このBb7(#11)は、「リディアン・ドミナント」と呼ばれ、ドミナント・セブンスコードに#11thのテンションが加わった独特の響きです。ブルースの終止に使うことのないこの#11thのテンションを入れるのが、まさに粋と言えます。

過度な装飾を排したこのエンディングは、ウェスがサイドマンとしてバンド全体のバランスを考慮した結果かもしれません。

オーケストラとの融合:Movin’ Wes (1964) バージョン

Movin' Wes (1964) バージョンのテーマコード進行

1964年にリリースされたアルバム Movin’ Wes で聴ける『West Coast Blues』は、アレンジャー、ジョニー・ペイトの手によるオーケストラアレンジが施され、これまでのバージョンとは一線を画す豪華なサウンドとなっています。

ジョニー・ペイトの技巧:華麗なイントロと楽曲構成の妙

このバージョンを強く印象づけるのが、初出盤でエンディングに使っていたコード進行をイントロにも使っているところです。

Movin' Wes (1964) バージョンのイントロのコード進行楽譜

しかもそのまま使うのではなく、2小節目4拍目をGbm7-Cb7のii-vにしています。

そしてジョニー・ペイトが相当お気に入りなのか、ソロセクションに入る前、インタールードとしても出てくるのです。ウェスのギターとオーケストラサウンドを見事に融合させた、名アレンジと言えます。

テーマ4小節目はii-v:王道ジャズの響きへ

Movin’ Wes バージョンでは、ハロルド・ランド盤と同様に、よりストレートな Bm7 E7 (ii-v)になっています。

不動のソロセクション:オーケストラの中でも核となるハーモニー

Movin' Wes (1964) バージョンのソロセクションコード進行楽譜

ソロセクションのコード進行は、初出盤、ハロルド・ランド盤と同じです。オーケストラアレンジの中でも、その独創的なハーモニーは一切変更されることなく、ウェスのソロを支える確固たる土台として存在しています。

この不動のハーモニーも時代や編成を超えて輝きを放つ普遍的な魅力なのかもしれません。

壮大かつモダンなフィナーレ:Bb6(9,#11)/F

Movin' Wes (1964) バージョンの後テーマ・エンディングのコード進行楽譜

華やかなオーケストレーションが頂点に達した後、最後にウェスのギター1本のみで Bb6(9,#11)/F を響かせます。

6弦1フレットのF音を弾くことで、重厚感を出し、ジョニー・ペイトの卓越したアレンジメントと見事に融合した、美しい締めくくりです。

「革新性」の正体:ウェス・モンゴメリーは「West Coast Blues」で何を成し遂げたのか?

これまで、3つのバージョンを詳細に比較分析し、それぞれのコード進行の特徴を見てきました。そこから浮かび上がってきたのは、ウェスが持つ、ブルースという伝統的な形式に対する大胆かつ洗練されたアプローチです。

今までの分析結果を総括し、彼が『West Coast Blues』で具体的にどのような革新を成し遂げたのか、その本質を考察します。

ブルースの常識を覆すハーモニー:代理コード、ii-v、意外な転調感

ウェスが『West Coast Blues』で見せた最大の革新性は、ブルースという文脈の中での洗練されたハーモニーの妙です。彼は、ブルースが持つ本来の力強さやフィーリングを損なうことなく、そこにモダンジャズの高度なハーモニー語法を大胆かつ効果的に導入しました。

もっとも特徴的なのがテーマ2小節目に現れるAb7 (bVII7)。これはバックドア・ケーデンスからくるコードで、一般的なブルース進行ではまず見られない選択です。

ソロセクションでは6小節目の Ebm7 Ab7 から半音下降していくii-vの連続、そして11-12小節目の Bb7 Db7 | GbMa7 F7 というターンアラウンド。これらは、ブルースに独創的な代理コードの概念や、ジャズ特有の洗練されたハーモニー展開を積極的に持ち込んだと言えます。

ウェスは、ブルースの可能性を大きく押し広げ、ギタリストだけでなく多くのジャズミュージシャンに新たな道を示したのです。

歴史的文脈における先進性

ウェスによる独創的なハーモニーは、1960年という時代において、どのような意味を持っていたのでしょうか。

1960年代初頭は、ハードバップが円熟期を迎えつつも、モードジャズやフリージャズといった新たな潮流が生まれ、ジャズが多様な表現を模索していた変革の時代。

ブルースという形式も、多くのジャズミュージシャンにとって重要な表現の土壌であり続けましたが、ウェスが『West Coast Blues』で提示したハーモニーは、その中でも際立っていたはずです。

特筆すべきは、ウェスがこれらの高度なハーモニーを用いながらも、決して難解さや技巧に走ることなく、ブルースの持つ歌心やスウィング感を失わなかった点です。この絶妙なバランス感覚こそ、彼の非凡さの証と言えるでしょう。

楽曲全体の評価とウェスの普遍的魅力

ウェスの革新性は、ブルースの伝統を尊重しつつも、そこに自身の音楽的ボキャブラリーを大胆に注ぎ込み、結果としてブルースという形式の持つ可能性を大きく押し広げた点に集約されます。

『West Coast Blues』という曲を通じて、ブルースが決して古びることのない、常に新しい表現を生み出しうる生きた音楽であることを、身をもって示したのです。

この記事を通じて、ウェスの音楽的探求心と、その革新性の一端を感じ取っていただけたら幸いです。

ぜひ、『West Coast Blues』の各バージョンを聴き比べ、その響きの違いを味わってみてください。

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